新宿地下通路の熱帯魚


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新宿駅の地下通路には唐突に熱帯魚の棲む水槽が現れる。色は地味だ。熱帯魚を見るために立ち止まったりしたら迷惑な場所に設置してある。誰が何のために置いたのだろう。掃除はきちんとされており、誰かの管理下に置かれていることは間違いない。自分がどこに存在するのか露も知らず、熱帯魚たちは優雅に漂っている。

 

鈴木は椎茸型に禿げた男だった。M字、カッパなど禿げ方にも種々あるが、彼はすき焼きに入っている椎茸のように、切り込みを入れたように禿げたマッシュルームカットだった。大学時代はむしろ毛量も多い方であり、禿げる気配などなかった。しかし祖父が両家とも禿げていたことから薄々このときはくるのだと覚悟していた。しばらく先のことだろうと高を括っていた矢先、仕事の責任も増えストレスも重なってきた20代半ば、そのときは無惨にも訪れたのだった。

 

そのような鈴木には所帯どころか彼女すらいない。しかし齢28の健康な青年たる彼には有り余る精力と人恋しさに溺れそうになっていた。ハプニングバーに行ってみようと思った。熱帯魚の脇を抜け、下調べした通りのビルの地下2階へと続く階段をいざ降りようとした。

 

階段には男たちの行列ができていた。年末、仕事納めをした者もいるだろう。さあ安価にセックスしてやろうじゃないかと意気込んだ男たちが連なっていた。風俗の待ち合いとは違う雰囲気だ。ハンター試験の前、天下一武道会の前、それぞれどんなライバルがいるか気になっている様子のあの雰囲気。こういうとき、鈴木は自分に似た男をつい探してしまう。自分を客観視するための本能なのかもしれない。

 

見つけた。メガネをかけた黒いダウンの男。メガネだが「メガネ男子」には分類されないタイプだ。じっとスマホを見つめながら列に立っている。

 

「こいつには無理なんじゃないかな」

 

その率直な感想を言い訳に踵を返した鈴木は、先ほど店を出て列の横を通りすぎた、女性2人組がビルの前にいるのに気付いた。片方はアラフォーの美熟女、片方は20代後半の美人といった感じである。気になって少し待っていると、遅れて出てきた男二人と合流した。待ち合わせしていたようだった。

「男多すぎてやばかったっすね」

4人組の会話から常連らしいことを察し、少し盗み聞きした後、鈴木は新宿駅への雑踏へと歩きだした。